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2020年4月 2日

演劇ブックレビュー20200402: 湯山茂徳(編著)、苧阪直行・明和政子・佐藤由香里(共著)(2018)『エンタテインメントの科学』朝日出版社

演劇ブックレビュー20200402: 湯山茂徳(編著)、苧阪直行・明和政子・佐藤由香里(共著)(2018)『エンタテインメントの科学』朝日出版社

本書は演劇を含むエンタテインメントが、なぜ人を楽しませるのか、人の生活にどのように関わっているかを科学的に論じています。人がお芝居をみて楽しむということそのものを考察しています。演劇人にはもちろん、演劇で卒論を書こうとしている人にも役に立つと思います。

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人はエンタテインメントをみてなぜ楽しいと思うのか。意外に難しい問題ですよね。そこまで考えなくてもいいのかもしれませんが、それを心理学中心に科学的に論じているのが本書です。

本書におけるエンタテインメントの定義は、「単なる娯楽以上のものとして、何らかの行事(イベント)を実施し、それに伴って行われる芸術的、芸能的、あるいはスポーツなどのパフォーマンスやプレゼンテーションにより、多くの人々の心に直接訴えかけて感動を与え、共感と同調を呼び起し、希望を与え、生きる喜び、そして未来への夢と、生きていくための力を与えること、すなわち人々に幸福をもたらすこと」(p.10)となっています。演劇もこのエンタテインメントの一部に含まれているので(pp.20-21)、この定義は自分たちの演劇活動を考える上で重要であると考えられるでしょう。

本書において演劇はそれほど特別に取り上げられているわけではありません。ちょっとふれてあるだけです。多種多様なエンタテインメント形態が取り上げられているので、結局エンタテインメントってなんなんというところはあるのですが、特別な形態を超えたエンタテインメント概念を追求していると考えていいでしょう。

本書においてエンタテインメントと不可分なものとして考えられているのがコミュニケーションです。「エンタテインメントは、人間のみが持つ高度なコミュニケーション手段(言語)に基づく情報のやりとりや共有に強く関連し、そこから引き起こされる感動、共感などの心理作用のことである」(p.28)といっているように、人間はなんらかの手段を用いてコミュニケーションし、そこに感情が生まれるという「人間独特のコミュニケーション法」(p.29)ということになります。コミュニケーションをうまく考えることができれば、演劇の質は上がるということになりますね。「伝える・伝わる」を考えていないお芝居ってたまにありますものね...。

そしてエンタテインメントの原理という節では、エンタテインメントの特徴として、大きく2種類にまとめられるそうです。それは、①人間が動物であることに起因するもの、すなわち他の動物でも同様の行動原理が働くもの、②他の動物と異なり、人間のみが創造した文明や文化に関連するもの、だそうです。演劇は明らかに後者で、動物が演劇を見て楽しむのはおとぎ話の世界ですが、そのエンタテインメントを楽しいと思う原理は、意外に①関連のものなのかもしれないですね。

本書においておもしろいなと思ったのは、提示されている種々の概念です。「エンタテインメントの用語」の節で紹介されている概念は、

・エンタテインメント力
・エンタテインメントエネルギー
・正のエンタテインメント
・負のエンタテインメント
・エンタテインメント数直線
・エンタテインメント購買力
・サイバーエンタテインメント

などです。順に説明すると、「エンタテインメント力」は「快感、幸福感、満足感、安心感、共有感など、エンタテインメントの基本となる感情や情動を引き出したり、引き起こしたりすることのできる能力(働きかけの力)」ということだそうです(p.34)。「オマエの演技にはエンタテインメント力が足りない」みたいに使うんでしょうか。それのもととなるものはいろいろあるそうです。

「エンタテインメントエネルギー」は「エンタテインメント力によって励起された個人、グループ、コミュニティー、社会などの感動や共感が、実際に積極的な行動を起こし、また起こすための引き金となって生ずる、総合的な熱気・熱狂など、自発的行動の発信・発散作用」と定義されるそうです(p.35)。人間の脳内で発生・成長し、外部に拡散して消費される、ソフトエネルギー」(p.36)だそうで、それを観客に生じさせることがエンタテインメントだということができるでしょう。

正のエンタテインメントは「快感を生じさせる気持ちの良いもの、楽しいもの、嬉しいものなどに対応し、普通の言葉でいうなら『起こってほしい事柄』」であるのに対し、負のエンタテインメントは「『起こってほしくない事柄』、すなわち、不快や不安、苦しみ、恐怖、危険、危機など、人間が心配や不満を感ずる事象に対応する」(p.36)というように、エンタテインメントにはポジティブな側面とネガティブな側面があるんだそうです。しかし負のエンタテインメントは場合により正のエンタテインメントに転化するそうで、ホラー映画とかがそうなのかもしれないですね。

エンタテインメント数直線は正と負のエンタテインメントを一直線上に並べたもの、エンタテインメント購買力はエンタテインメントを購入する、一般的には経済的な能力のこと、サイバーエンタテインメントはサイバー空間で展開されるエンタテインメントのことだそうです。

これらの概念は演劇というエンタテインメントをみていく上で基本的概念になりうるのか。もちろん足りないところもあると思いますが、使える概念も多いと思います。

最後にここで取り上げるのはエンタテインメントと芸術の違いです。本書ではエンタテインメントと芸術はなんとなく分けられているとして、その違いを明確にしています。芸術とは、「美に基本を置き、時代を超越した普遍性を持ち、新たに創造した物や価値を人々、そして社会に問いかけ、その厳しい評価に耐え、時代を超えて人間を感動させ、心に変化を起こさせる力を持つもの」とした一方、エンタテインメントを「芸術的要素にその根幹を置き、芸術と共通の価値観や様態を多く共有するが、より娯楽性が高く、時代の背景や風潮に強く影響され、流行に左右されるもの」だそうです(p.58)。演劇は両方を含むものですが、この違いを理解することで、どちらを強くするかとか、考えられそうですよね。

あとはいろいろ書いてありますが、必要なところを読むといいでしょう。笑いと脳の関係とかは興味もつ方もいらっしゃるかもしれません。

本書は演劇をエンタテインメントとして考える上での基本的な考え方や概念を提示しています。ややこしく考えずに、ご自身の演劇をどのように考えるか、どうあるべきなのか、考える上で役に立つ本だと思いました。

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